2023年7月6日
それまで元気に過ごしていた児童生徒が、学校管理下で突然死するケースがあります。突然の心停止は急に発生するため、迅速かつ適切に対処しなければなりません。
心停止してから1分経過するごとに、救命率は7%から10%程度低下すると考えられています。一方で119番通報から救急車の到着まで、全国平均で9.4分*かかります。救急隊が来るまでの間何もしないでいると、傷病者の救命率は約10%にまで低下してしまいます。救命率を少しでも上げるために、AEDを使用した一次救命処置を行うことが重要です。
*参照:総務省消防庁「令和4年版 救急救助の現況」
近年、学校のAED設置率は非常に高くなっています。ただし、子どもたちの命を救うにはAEDさえあれば十分というわけではありません。AEDが迅速・確実に使える配置と状態になっている、教職員・児童生徒が連携して迅速かつ適切に救命活動を行えることが必要です。
ここでは、学校管理下で起こる突然死から子どもたちの命を守る体制の現状や、必要な整備・対策について紹介します。
学校管理下で起こる子どもの突然死の現状
独立行政法人日本スポーツ振興センターが公開しているデータによれば、全国の小学校・中学校・高校の管理下における突然死は、1980年代には毎年120例程度も起きていました。ただし、近年の状況をみると、AEDの設置率の高まりもあるためか、学校管理下で発生する突然死は大きく減少しています。
しかしながら、平成24年度から28年度、全国の公立学校で726人にAEDのパッドが貼られ、250人に電気ショックが行われていることから、児童生徒の心停止はまれな事象ではないと考えられます。また、平成26年度から30年度に、50人の児童生徒が学校で心臓突然死しています。
平成30年度に全国で発生した突然死は、小学校で6例、中学校で6例、高校・高等専門学校で9例でした。
学校におけるAEDの設置状況
このように突然死の件数が減少している背景には、さまざまな対策が取り入れられるようになったことがあげられます。AEDの設置推進もその要因のひとつに挙げられるでしょう。
公益財団法人日本学校保健会が平成30年度に発表した「学校における心肺蘇生とAEDに関する調査報告書」によると、AED は日本の小学校の99.9%、中学校の99.8% に普及しているとの結果も出ています。
しかしながら、AEDの設置台数については、小学校や中学校は1台が多く、高校では6割以上がAEDを2台以上設置しています。 なかには、3~4台設置している学校もあり、学校によってばらつきがあることがうかがえます。
また、AEDが設置されていたにもかかわらず、AEDが適切に使われなかったために失われた命も少なくありません。AEDの設置だけでは、学校管理下の突然の心停止への対策が十分とは言えないのは上述のとおりです。その理由と実態について詳しく解説します。
学校における救命活動の体制
総務省近畿管区行政評価局が令和2年3月に公開した「学校における救命活動に関する調査 - AEDの使用を中心として-」で、その実態が明らかにされています。
同調査は、大阪府、兵庫県、奈良県に所在する小学校、中学校、高等学校等に対して、子供の命を守る観点から、以下について調べを行っています。
- AEDが迅速・確実に使える配置・状態となっているか?
- 教職員等が連携して迅速・適切に救命活動を行えるか?
- 児童生徒等が救命活動を学んでいるか?
参照:総務省近畿管区行政評価局「学校における救命活動に関する調査 - AEDの使用を中心として-」
AEDが迅速・確実に使える配置・状態となっているか?
「第 2 次学校安全の推進に関する計画」(平成29年閣議決定)では、AEDは非常時に有効に活用できなければならないことから、複数配置を含む設置場所の適正化が必要であることが示されています。
一般財団法人日本救急医療財団は、AED設置や配置場所に関する基準等を示した「AEDの適正配置に関するガイドライン」を策定しており、厚生労働省はガイドラインを学校等に周知するよう文部科学省に通知文書を発出しています。
ガイドラインでは、AEDの設置場所について、以下の点などを考慮するよう求めています。
- 心停止のリスクがある場所(運動場や体育館等)の近くへの配置
- 現場から片道 1 分以内の場所への配置
- 24 時間誰もがアクセスできること(鍵をかけない、常に使用できる人がいるなど
参考:旭化成ゾールメディカル「AEDの適正配置をご存知ですか?効果的・効率的なAED設置とは」
一方で、「学校における救命活動に関する調査 - AEDの使用を中心として-」の結果から、以下のような問題点が確認されました。
- 心停止リスクの高い体育館などの運動施設から遠い職員室などにAEDが配置されており、運搬に時間を要する
- 児童生徒がAEDを運搬する想定がされておらず、教職員のみがAEDを運搬する想定であった。
- 設置施設が施錠された際に、その近くで心停止事故があった場合、設置施設を解錠するか、離れた場所にあるAEDを運搬・使用しなければならない
- 教職員や児童生徒にAEDの設置場所を周知していない
- バッテリーやパッドの使用期限切れ、AED本体の耐用期間の超過など、AEDの日常点検・維持管理が不適切
- ガイドラインを承知していない
こうした課題に対し、現在のAEDの配置場所の見直し、 ガイドラインの周知とその内容を踏まえたAEDの配置場所の決定、教職員や児童生徒に対するAEDの設置場所の周知徹底、AEDの日常点検の適切な実施、耐用期間を超過したAEDの速やかな更新などの改善意見が出されました。
教職員等が連携して迅速・適切に救命活動を行えるか?
「第 2 次学校安全推進計画」では、AEDは非常時に有効活用できなければならないことから、学校は教職員の使用訓練の実施が必要とされています。
学校保健安全法では、学校は危険等発生時において教職員がとるべき措置の具体的内容や手順を定めた対処要領(危機管理マニュアル)を作成し、校長は教職員に対する危機管理マニュアルの周知、訓練の実施、その他の危険等発生時において教職員が適切に対処するために必要な措置を講ずるとしています。
さらに、文部科学省が策定した「学校事故対応に関する指針」では、危機管理マニュアルの内容の教職員への周知と訓練を進め、全教職員がマニュアルに基づく対応が実施できるよう備えること、マニュアルは毎年度、訓練等の結果を踏まえて見直しを行い、実効性のあるものにすることが必要とされ、同省策定の「学校の危機管理マニュアル作成の手引」においても同様の主旨が示されています。
一方で、「学校における救命活動に関する調査 - AEDの使用を中心として-」の結果から、以下のような問題点が確認されました。
- 半数以上の学校で、心停止事故を想定したシミュレーション訓練を未実施
- 3年以内にAED操作等の研修を受講していない教員がいる
- 受講間隔を確認できた教員のうち、 3年以内に未受講の教員が占める割合は、最も高い学校で93.9%、 非常勤教員の77.5%が3年以内に未受講
こうした課題に対し、シミュレーション訓練を実施するとともに その結果を踏まえ 、危機管理マニュアルが実効性のあるものとなっているか検証すること、 すべての教職員に心肺蘇生やAEDの使用に関する研修を定期的に受講させるとともに、3年以内に未受講の教職員については 直ちに受講させることなどの改善意見が出されました。
児童生徒等が救命活動を学んでいるか?
学校管理下での心停止事故の第一発見者は児童生徒の場合も多いため、児童生徒が適切に救命活動をできることが救命の大きな一助となります。また、子どもの頃から学校で一次救命処置(AEDの使い方や心肺蘇生法)を学ぶことは、成長して社会に出てからも役に立つ大切なスキルになるでしょう。
市中へのAEDの設置が推進される一方で、病院外で心肺機能停止傷病者を目撃した一般市民のうち、心肺蘇生を行った者は 57.4%、AEDによる電気ショック(除細動)を行った者はわずか4.1%であり*、AEDを用いた心肺蘇生を行える人を増やすことが社会的な急務として挙げられています。
*参照:総務省消防庁「令和4年版 救急救助の現況」
一方、「学校における救命活動に関する調査 - AEDの使用を中心として-」では、以下のような実態が確認されました。
- 中学校では、全員にAEDの使用や心肺蘇生に関する実技を教えることが必要または望ましいと説明しているが、全員に実技を教えている学校は約4割。残りの学校は、訓練機材が不足している、授業時間が確保できないと回答
- 小学校では、救命活動(心肺蘇生やAED等)を教えることについて、必要とまでは言えないとし、救命活動の内容や必要性を理解させるのは困難、心肺蘇生の実技は体力的に困難などとする学校がある一方で、 約7割の学校が救命処置を教えており、うち約4割の学校では心肺蘇生等の実技も実施
このような結果に対し、心停止事故発生時に児童生徒等が適切な対応を行うが救命の一助となると考えられることや、社会において心肺蘇生やAEDを使用できる人材を増やすことが求められて いる現状を踏まえると、すべての学校において、児童生徒の成長段階に応じた心肺蘇生法やAEDの使用等に関する知識と技能の普及に、より一層取り組むことが望ましいなどの改善意見が出されました。
学校における子どもたちの命を守る取り組みを
これまで説明してきたとおり、学校管理下において突然の心停止から子どもたちの命を守るためには、AEDの適正配置と管理、教職員による危機管理マニュアルの策定と定期的な見直し、シミュレーション訓練の実施、AEDの操作方法などの救命講習の受講、児童生徒がAEDの使い方と心肺蘇生法などの一次救命処置を学ぶことなどが重要です。
ここでは、実際にこうした取り組みを積極的に行っている事例や、今後取り組むにあたって知っておくと役に立つ情報やツールなどを紹介します。
体育活動時等における事故対応テキスト~ASUKAモデル~
2011年9月、さいたま市内の小学校6年生の桐田明日香さんが学校駅伝の課外練習中に倒れ、救急搬送された翌日に亡くなるというたいへん悲しい事故が起きました。明日香さんは、死戦期呼吸*の症状を呈していましたが、あえぐような息をしていたことから通常の呼吸があると判断され、教員らは心停止とは思わずに、校内のAEDを使用した応急処置は行われませんでした。
この事故の反省をふまえ、さいたま市教育委員会が「さいたま市立小学校児童事故対応検証委員会報告」を受け、明日香さんのご遺族と共に、学校の安全度を高めることを目的とした教員研修等のために作成したのが「体育活動時等における事故対応テキスト:ASUKAモデル」です。亡くなった明日香さんの名前から名づけられた「ASUKAモデル」は、さいたま市にとどまらず全国の学校等で事故を減らすための取り組みに活用されています。
参照:さいたま市「体育活動時等における事故対応テキスト~ASUKAモデル~」を作成しました」
減らせ突然死プロジェクト「命の記録MOVIE ASUKAモデルはチームの想いです。」
*参考:旭化成ゾールメディカル「呼吸があるように見えて、実は危険な「死戦期呼吸」とは?必要な対応を学ぼう」
日本AED財団の活動目標「学校での心臓突然死をゼロに」
公益財団法人日本AED財団は、5つの活動目標のひとつとして「学校での心臓突然死をゼロに」を掲げています。学校での突然死ゼロを目指した取り組みとして、突然の心停止発生時への対応を含めた危機管理に関する具体的提案、小学校からの心肺蘇生教育導入の促進、実践校の取り組み紹介や学校関係者への情報発信といった施策を行っています。
その一環として、AEDメーカー各社などの協賛のもと、小学校安全教育副読本「命を守る 心肺蘇生・AED」、「先生向け解説書」などさまざまなツールを制作し、誰でも自由に閲覧とダウンロードができるよう、同財団のホームページのダウンロードコーナーで公開しています。また、一部のツールは冊子として無料配布も行っており、ホームページから注文することができますので、こうしたツールを学校の授業や救命講習などで活用するのもよいでしょう。
参照:公益財団法人日本AED財団「体育活動時等における事故対応テキスト~ASUKAモデル~」を作成しました」
「ポスター・ロゴマーク等 ダウンロードコーナー」
JRC蘇生ガイドライン2020におけるAEDおよび電極パッドに係る呼称変更
従来、AEDのパッド/モードに関する表記は、小学校入学前の子どもは「小児用」、小学生以上は「成人用」とされているのが一般的でしたが、小学生に対してどちらのパッド/モードを使用するかわからず処置が遅れた、誤って小児用を使用したなどの事象が報告されていました。こうした問題を踏まえ、小学生に対してどちらのパッド/モードを使用するかを即時に判断できるようにするため、 一般社団法人日本蘇生協議会(JRC)が2021 年7月に発行した「JRC 蘇生ガイドライン 2020」および、ガイドラインに準拠し一般財団法人日本救急医療財団が取りまとめた「救急蘇生法の指針2020(市民用)」において、 「小児用」は「未就学児用」へ、「成人用」は「小学生~大人用」にそれぞれ呼称が改められました。
変更前に既に設置済みのAEDについては、AEDメーカーや販売会社から呼称変更の案内など情報提供がされていますが、パッドやモードの表記が「小児用」「成人用」とされているものがあります。その場合、小学生以上の傷病者に対しては、必ず「成人用」を使用することを覚えておきましょう。
参照:JRC日本蘇生協議会「JRC蘇生ガイドライン2020」
一般財団法人日本救急医療財団「救急蘇生法の指針2020(市民用)」
まとめ
日本の学校におけるAEDの普及率は非常に高い一方で、適正配置や管理については不十分なケースが多いのが現状です。また、せっかく学校にAEDがあっても、突然の心停止事故が起こった場合に、教職員や児童生徒がAEDを使用した救命処置を迅速・適切に行えなければ命を救うことができません。子どもたちの命を守るためには、教職員による危機管理マニュアルの策定と定期的な見直し、シミュレーション訓練の実施、AEDの操作方法などの救命講習の受講、児童生徒がAEDの使い方と心肺蘇生法などの一次救命処置を学ぶことが必要です。
AEDはとっさのときに人の命を救うことのできる医療機器です。一般市民による心肺蘇生が行われた傷病者の1か月後の生存率は14.1%ですが、そのうち心肺蘇生法に加え、AEDによる除細動が行われた傷病者の1か月後の生存率は49.3%と飛躍的に向上しています*。
*参照:総務省消防庁「令和4年版 救急救助の現況」
旭化成ゾールメディカルのAEDサイトでは、「AEDの使い方と心肺蘇生の流れ」が学べるコンテンツを多数ご用意しています。一次救命処置やAEDについての疑問にお答えしている「よくあるご質問」もぜひご活用ください。