2023年5月1日

あなたの目の前で突然人が倒れたら慌てずに対応できるでしょうか?これはどこでも誰にでも起こりうることで、いつ救命処置を行う当事者になってもおかしくありません。いざというときにきちんと対応するためにも、日ごろから正しい知識を身に着けておくことが大切です。

倒れた人の状態を確かめるには、呼吸の有無が大きな判断材料のひとつになります。しかし、呼吸しているからといって必ずしも安心とは限りません。一見、呼吸をしているように見える「死戦期呼吸(しせんきこきゅう)」の場合、実際は呼吸ができていないため、呼吸をしているから大丈夫、と判断してしまうと、心停止状態を見過ごして必要な救命処置が行われず、死に至ってしまいます。

このように、死戦期呼吸は非常に危険な状態ですが、必要な処置を行うことで命を助けられる可能性は高くなります。ここでは、死戦期呼吸の正しい知識や必要な対応について、具体例を交えながら説明します。 死戦期呼吸について知り、いざという時に必要な救命処置を行えるようにしましょう。

死戦期呼吸とは?

死戦期呼吸とは?

「死戦期呼吸(しせんきこきゅう)」とは心停止直後に見られる呼吸のことで、あえぐように呼吸していたり下顎を動かして呼吸したりしているように見えるのが特徴です。急性心筋梗塞など心原性の心停止直後には、血液中に残存する酸素による作用等によって、死戦期呼吸が高頻度でみられます。本人に意識はなく、生命維持に必要な有効な呼吸ではありません。

そのため、死戦期呼吸が認められた場合、または判断に迷う場合は「呼吸なし」とみなして、直ちに心肺蘇生(胸骨圧迫・AEDの使用)を開始する必要があります。

死戦期呼吸の種類

死戦期呼吸には、いくつかの種類があります。

  • 下顎呼吸(かがくこきゅう):下顎を開いたり閉じたりしながら呼吸しているように見える状態
  • 鼻翼呼吸(びよくこきゅう):鼻翼(小鼻の部分)が膨らんだり縮んだりしながら呼吸しているように見える状態
  • あえぎ呼吸:あえぐように呼吸しているように見える状態

出現する種類は場合によりさまざまで、段階的に出現する種類やどの種類が多く見られるなどの規則性はありません。また、呼吸のように見えても実際には呼吸ではないため、酸素が肺に取り込まれず、胸が動いていないのも特徴です。

呼吸しているように見えても危険!必要な対応は?

死戦期呼吸で最も危険なのは「普通ではない様子だが、呼吸はしているように見える」と判断され、必要な処置が行われないことです。一見すると呼吸しているように見えますが、実際は呼吸ができていません。

死戦期呼吸は「心停止して命が危険な状態にある」ことを知らせるサインの一つでありながら、呼吸しているように見えるため「心停止している」事実が見過ごされてしまう場合があります。

日常生活のなかで、「死戦期呼吸」という言葉を耳にすることはないかもしれません。日本の救急・蘇生に関するガイドラインであるJRC蘇生ガイドライン2020においても、傷病者(倒れている人)に反応がない場合は、胸と腹の動きに注目して呼吸を確認するとあり、「呼吸がない」または「呼吸はあるが普段どおりではない場合」あるいは「その判断に迷う場合」は心停止と判断し、ただちに胸骨圧迫を開始する、とされています。

JRC蘇生ガイドライン2020から「死戦期呼吸」という表現がなくなり、かわりに「呼吸はあるが普段どおりではない場合」、あるいは「その判断に迷う場合」も「呼吸なし」と判断するように記述が変更されました。「死戦期呼吸」という言葉自体を知らなくても、覚えていなくても、その状態と危険性について理解が広まれば、正しい判断と処置を行うことができ、命を助けられる可能性が高まります。

参照:JRC日本蘇生協議会「JRC蘇生ガイドライン2020」

死戦期呼吸とわからず助けられなかった命

死戦期呼吸の状態を「呼吸している」と認識されてしまったために、傷病者が死亡した事故も起きています。死戦期呼吸の知識がない場合、医療従事者でなければその判断は困難といえます。過去の事例を学ぶことは、いつどこで誰に起こるかわからない突然の心停止と死戦期呼吸に対して、私たちにできることは何かを考えるきっかけになるでしょう。

野球部マネージャーの死亡事故

2017年7月、新潟県内の高校で野球部所属の女子マネージャーが、部活の練習で約3.5kmを走った後に倒れ、2週間後に低酸素脳症で死亡するという事故が起きました。女子生徒は倒れたとき死戦期呼吸を発症していたと考えられます。

しかし倒れたときは呼吸していたように見えたことから呼吸はあると判断されました。そのため、救急隊が到着するまで必要な応急処置は行われていませんでした。

さいたま市の小学生 桐田明日香さんの死亡事故

2011年9月、さいたま市内の小学校6年生の桐田明日香さんが駅伝の課外練習中に倒れ、救急搬送された翌日に亡くなる事故が起きました。明日香さんも前述の事故と同様に死戦期呼吸の症状を呈していましたが、あえぐような呼吸をしていたことから呼吸があると判断され、教員らは心停止とは思わずに、校内にあったAEDを使用した応急処置はなされませんでした。

この事故の反省をふまえ、さいたま市教育委員会は明日香さんのご遺族と共に、学校の安全度を高めることを目的とした教員研修等のための「体育活動時等における事故対応テキスト:ASUKAモデル」を作成しました。亡くなった明日香さんの名前から名づけられた「ASUKAモデル」は、死戦期呼吸への対応の必要性を知ってもらうきっかけとなり、全国の学校等で事故を減らすための啓発活動が行われています。

参照:さいたま市「体育活動時等における事故対応テキスト~ASUKAモデル~」を作成しました」
   減らせ突然死プロジェクト「命の記録MOVIE ASUKAモデルはチームの想いです。」

死戦期呼吸への対処法

死戦期呼吸への対処法

「人が突然倒れた」「呼びかけに応じない」ときは、速やかに人命救助のための行動を開始しなければなりません。周囲の安全を確保し、すぐに救命処置を行いましょう。

倒れた人の意識がない、呼吸をしていない、先述した死戦期呼吸の症状が出ている、または判断に迷う場合は、「心停止している」とみなし、直ちに胸骨圧迫(心臓マッサージ)を行わなければなりません。同時に周囲の人に助けを求め、救急車の要請(119番通報)とAEDを取りに行ってもらうように依頼することも必要不可欠です。

以下では、胸骨圧迫とAEDの使用について解説します。

胸骨圧迫を行う

傷病者の胸骨(胸のほぼ真ん中)に片方の手の付け根を乗せ、もう一方の手をその上に乗せます。肘を真っ直ぐに伸ばして垂直に体重をかけ、胸が約5cm沈みこむ深さ、1分間に100~120回のテンポで圧迫を行います。

救助者が人工呼吸の訓練を受けており、それを行う技術と意思がある場合は、胸骨圧迫30回に対して人工呼吸2回の比率で繰り返し行います。
訓練を受けたことがあっても、気道を確保し人工呼吸をする技術と意思がない場合は、胸骨圧迫のみを行ってください。

傷病者の意識が戻るか救急隊が到着するまで、胸骨圧迫を継続して行います。疲れてくると質の高い胸骨圧迫(約5cmの深さ、100~120回/分のテンポ)を保つことができません。周囲の人と協力し、交代しながら行うとことが大切です。

AEDを使用する

心停止になりけいれん状態(心室細動)の心臓は、血液を全身に送ることができません。その場合、電気ショックを与えることで、心臓を元の状態に戻す必要があります。

心臓に電気ショックを与える医療機器がAED(自動体外式除細動器)です。AEDは公共施設をはじめさまざまな場所に設置されており、一般の人も使用できます。AEDを起動すると音声ガイダンスが流れて使い方と一次救命処置の手順を案内してくれます。音声ガイダンスやディスプレイ表示に従うことで誰でもAEDを操作することができます。

参考:旭化成ゾールメディカル「AEDとは
              「AEDはどこにある?知っておきたい設置場所や設置基準のポイント

AEDの役割、重要性を知ろう

一次救命処置の手順を知識として知っていても、経験のない人がいざという時に慌てずに処置を行うことは容易ではないでしょう。知識がなければ死戦期呼吸かどうかの見極めも難しくなります。そのため、急に人が倒れて反応や呼吸がない、もしくは判断に迷う場合は、躊躇せずにAEDを使用することが大切です。

AEDは電気ショックを与えることで、けいれんした心臓を正常なリズムに戻すための医療機器ですが、機能はそれだけではありません。AEDは音声ガイダンスやディスプレイ表示などにより、一次救命処置に必要な手順を指示してくれます。パッドを傷病者に装着すると、AEDは自動で心電図を測定・解析し、電気ショックが必要かどうかの判断を行い、必要な場合は指示を出します。急な出来事に慌てて頭が混乱している場合でも、AEDのガイダンスに従えば落ち着いて救命処置ができます。

使い方や操作に不安があるからといって何もしないのではなく、まずはAEDの電源を入れて起動し、音声ガイダンスを聞きながら操作を行うことが大切です。人が倒れて意識がない場合はすみやかにAEDを準備し使用することを覚えておきましょう。

まとめ

心停止状態になった人が何も処置されずにいた場合、時間の経過とともに生存率は大きく低下し、約10分後には生存の可能性はほとんどなくなってしまいます。しかし、早期に適切な一次救命処置が行われれば命が助かる確率は高くなります。

心停止している人への救命処置は時間との勝負といえます。とはいえ専門知識がないために適切な対応ができるか自信がないという人は少なくありません。しかし、迅速にAEDを使用すれば命を救うことができるかもしれません。
「いざというとき」はいつどこで誰に起こるかわかりません。自分が人命を救う立場になる可能性があることを意識し、日ごろから知識を深めておくことが大切です

旭化成ゾールメディカルのAEDサイトでは、「AEDの使い方と心肺蘇生の流れ」が学べるコンテンツを多数ご用意しています。一次救命処置やAEDについての疑問にお答えしている「よくあるご質問」もぜひご活用ください