ぎふ清流ハーフマラソンでの救命事例

2014年5月18日(日)に岐阜県岐阜市で開催された「ぎふ清流ハーフマラソン」において、救護ボランティアの迅速・適切な救命処置により、参加ランナーの尊い命が救われました。関係者の方々のコメントをもとに、その救命処置と大会の救護体制についてご紹介いたします。

独自の救護体制「ハートサポートランナー」制度

救護体制は、岐阜大学医学部附属病院が中心となり構築されました。同病院は、同じく岐阜県内で開催されている「いびがわマラソン」においても、以前より救護体制構築に協力されており、その経験も活かされていました。
"全てのランナーにとって安全な大会"を目指し、1km毎(ゴール付近は500m毎)に合計33チームの救護ボランティア配置と6箇所の救護所設営、6隊の自転車AED隊が伴走するといった体制に加え、独自の試みとして、「ハートサポートランナー」制度が導入されました。
事前に救命活動の講習を受け、当日ランナーとして参加される方を「ハートサポートランナー」と呼んでいます。この言葉には、ランナー同士の助け合いという意味が込められており、一刻を争う緊急事態に一番身近な救助者として、救命活動に携わる存在となります。本大会には、300名の方が「ハートサポートランナー」として参加されました。
今回の救護体制では、病院、消防、ボランティアが連携し、心肺停止や熱中症など、様々な局面を想定した対策が講じられていました。

救命処置当日の状況

コースには73台のZOLL AED Plusが設置されました。
コースには73台のZOLL AED Plusが設置されました。

60代の男性ランナーAさんが、スタート地点から15km付近で、気分が悪くなり、しゃがみこんだまま転倒しました。救護ボランティアとして参加されていた救急救命士の大野さんと他3名のボランティアスタッフが、救命処置を行いました。大野さんがAさんの意識と呼吸及び脈拍の確認を行い、心肺停止と判断し、即座に心肺蘇生処置(胸骨圧迫と人工呼吸)が開始されました。転倒してから約4分後にはAEDが装着され、初回の心電図解析で電気ショック適応となり、電気ショックが行われました。
電気ショックから約12分後、Aさんは意識を回復しましたが、それまでの間絶え間なく心肺蘇生処置が行われていました。通報から約13分後救急車が到着し、その頃にはAさんは問題なく会話できるまでに回復していました。その後、病院で意識障害や手足の麻痺もないと診断され、精密検査のあと4日後には後遺症もなく無事退院され、間もなく仕事に復帰されました。
今回の非常に迅速かつ適切な処置は、救護チーム内の連携の成果であると言えます。前日のAED使用のための講習受講はもちろん、当日朝のシミュレーションと119番通報担当、胸骨圧迫担当、AED装着担当といった役割分担が、実際の処置の際に活かされました。また3名のボランティアスタッフが、Team911というボランティア団体に所属されていたことも救命につながった一因と言えます。Team911は、現役またはOBの消防団員で構成され、各務原市を拠点に市民への心肺蘇生法の普及のために活動されているボランティア団体です。このようなメンバー構成であったため、よりスムーズな連携が可能となりました。

救護活動を行った大野謙次郎さん(本巣消防事務組合 救急救命士)コメント

今回の救命は、救護体制の整備はもちろんですが、Aさんが倒れた場所が救護ボランティア配置場所のすぐ近くであったこと、事前に想定した通りの流れで処置を進められたこと等、すべての要因が上手くいった幸運な結果であったと思います。
また、今回の救命において、AEDによる電気ショックは1回でしたが、Aさんの意識が回復するまでの間、胸骨圧迫は絶え間なく行う必要がありました。このように胸骨圧迫は重要ですが、質の高い胸骨圧迫を行うのは簡単ではありません。ですので、AEDに搭載された胸骨圧迫の質をリアルタイムでフィードバックする機能は、大変有効であったと思います。
今回の件を通じて、全てのケースでこのような結果が得られるよう、AEDの更なる普及と一般の方への教育の充実を図る必要があると改めて感じました。心肺停止した患者さんが後遺症無く社会復帰できるかどうかは、いかに迅速かつ適切な救命処置を行えるかにかかっています。今回一緒に処置に当たられた3名の方は、まさにこの重要性を認識され、日頃から啓蒙活動を行われています。本事案は、Team911の皆さんの活動が正しかったことの証明であると言えますし、非常にすばらしいことだと思います。
"身近な人の命を救うことができるのは、隣にいる人のみ"です。心肺蘇生法ならびに、AEDの重要性を今後も訴えていきたいと思います。

救命されたAさんコメント

今回の様な事は、まさか自分に起こることはないだろうと思っていましたし、事故直後もピンとこない感じでした。しかし、何が起こったのかを説明していただき、事の重大さを認識するようになりました。もしかしたら助からなかったかもしれないという恐怖を感じるにつけ、きちんとした救護体制を整えてくださった関係者の皆様、迅速に救命処置を行ってくださった救護ボランティアの皆様への、感謝の気持ちがこみ上げてきます。心からお礼を申し上げたいと思います。
もうしばらく時間が必要かもしれませんが、またマラソンを行いたいと思いますし、「ぎふ清流ハーフマラソン」は、ずっと参加したいと思っていた大会ですので、ぜひまたチャレンジしたいと思っています。
また、事故以降、体調管理にはより気を配るようになりましたし、AEDに対する関心も高まり、AEDの講習受講も考えています。今回助けていただいた分、何かお返しができればと思っています。

岐阜大学医学部附属病院 高次救命治療センター 名知祥 先生コメント

岐阜大学医学部附属病院 高次救命治療センター 名知祥 先生

今回の救命は、計画したことが計画通りに機能した結果だと思います。救急医として関与する必要があると感じ、救護体制構築に携わってきましたが、さらにこの取り組みを通じて、心肺蘇生やAEDの重要性を広く社会に訴えていきたいと思っています。
今回のような事例は、マラソン大会のみで発生することではなく、誰に対しても起こりうる身近なことであり、決して他人事でありません。AEDがより普及し、更に一般の方すべてが救命処置を行うことができるようになれば、もっと多くの命を救うことができると思います。そのような、いわば"究極の体制作り"を今後も目指していきたいと思っています。

旭化成株式会社陸上部 宗猛 総監督コメント

岐阜大学医学部附属病院 高次救命治療センター 名知祥 先生

近年マラソンブームが続いており、各地で大きなマラソン大会が開催されるようになりました。多くの方が走ることを楽しむようになったことは喜ばしいことですが、マラソン人口の増加に伴い、リスクも増加しています。
トレーニングや体調管理を行うことなくマラソン大会に参加すれば、倒れる危険性は高まります。そこでランナーの皆さんには、事前の準備をきちんとしていただくようお願いしたいと思います。また万が一の場合に備えて、ランナーの皆さんがAEDを使用できるよう、講習会に参加するといったことも重要だと思います。このようなことを心掛けて、安全にマラソンを楽しんでいただきたいと思います。

ぎふ清流ハーフマラソン

今年で4回目の開催となった本大会には、約10,000人の一般ランナーが参加されました。また、高橋尚子さんが大会長を務められており、招待選手として世界の一流ランナーも参加しています。

取材協力:岐阜大学医学部附属病院

本文中の組織名、所属名、役職名などはすべて取材時のものです。